アジュガ
移転前の職場には小さい花壇があった。
何代か前の支社長が園芸好きの人だったらしく、その時に居た女性の事務員の人とブロックやレンガを積んで作ったそうだ。
その人たちが居なくなり、以来誰も花壇の世話をする人がなかった。
私が会社に入った時は元々植えてあった木が1本あるだけで、周りは雑草がボーボー状態だった。
花壇がある事で雑草むしりをしなければならない。
興味のない人からすれば余計な手間がかかって、逆に邪魔者扱いされていた。
しかも位置が悪く向かいの建物の日陰になっていて、午前中の何時間か花壇の半分にだけ日があたるという悪条件の花壇だった。
私も、本社からお偉いさんが来る度に、見た目をキレイにするべく草むしりに駆り出されるのにウンザリしていた。
そこで当時の上司と相談して、「何らかの植物をちゃんと植えたら雑草が生えないのではないか」という結論に至ったのだ。
ネットで色々調べてみると、庭や花壇によく使われている"グランドカバー"なる植物がある。
グランドカバーとは
「グランドカバーは、「地面(グランド)を覆う(カバー)」植物のことで、踏まれても大丈夫な植物や、日陰でも育つ植物、雑草が生えにくくなる植物などが多く、かわいい花が咲く植物から葉がきれいな植物まで幅広く色々な植物があります。」
グランドカバーにおすすめの強い植物20選 | LOVEGREEN(ラブグリーン)
植えておくと勝手に地面を覆いながら育っていき、手間も要らなさそうだった。
それを当時の上司に進言してみたのだが、上司の
「植えるんならやっぱりアサガオとかヒマワリでしょ。そのグランド何とかってどんな花なの?」
という言葉に、花壇の改造はすっかり諦めたのだった。
花といえばアサガオかヒマワリしか思いつかない人に、グランドカバーを説明しても通じないような気がしたからだ。
上司には、夏咲いたら終わりの花の後始末や、その花が無い間はどうするのかという発想は皆無のようだった。
当然、毎年の世話を押し付けられるのは目に見えていた。
結局、その後も2、3年ほどの間、ずっと花壇の雑草と戦い続けるのを繰り返していただけだった。
そうこうするうちに、園芸好きのおじいさんがパートタイマーとして入社してきた。
風蘭をくれたおじいさんである。
このおじいさんが、草ボーボーの花壇を見事に蘇らせたのだ。
家から水仙の球根を持って来て植えてくれたり、パンジーやマリーゴールドの苗を買ってきて植えてくれていた。
この時期ばかりは花壇もキレイになり、草むしりから解放され、本当に大助かりだった。
ところが、このおじいさんも1年半ほどで辞めてしまった。
残された水仙は翌年また花を咲かせたが、パンジーやマリーゴールドの残骸は処理しなければならなくなった。
またもやお鉢が回ってきたなぁ、と思いながら再び草むしりをするハメになっていた。
丁度その数年前から、春になると自宅の近くの植え込みに毎年キレイな紫の花が咲く場所が出現していた。
地面一面に広がっていて、花畑のようで本当にキレイだった。
早速家に帰ってネットで調べると『アジュガ』という花だとわかった。
このアジュガを調べてみると、「グランドカバーとして用いられる」と書かれている。
グランドカバーーーーー!
出た!
これを会社の花壇に植えたらキレイなんじゃなかろうか?
日陰でも育ち、多年草なので毎年植え替える必要もない。
雑草除けにもなるし、満開時はとってもキレイ。
これしかないよ!
と思っていた時におじいさんが入ったので、この目論見をすっかり忘れていたのだ。
再び草むしりをしながら、このアジュガの事を思い出した。
暖かくなる頃に苗が売り出されるとあったが、待ち切れずにまだ寒い時期に会社の近くのホームセンターに行ってみた。
あまり数はなかったが、斑入りの葉のアジュガの苗があった。
それをビニールポット2つ分購入し、早速雑草を取り除いた花壇に植えておいた。
まだ春前で寒かったのだが、植えたアジュガは枯れることなくそのままあった。
そして、4月になって急にそのアジュガがもりもりと育ち始め、放射状の葉の真ん中から茎が伸びて花が咲いた。
小さい青紫の花だった。
家の近くのアジュガ畑のものと比べると大分小さかったが、元気そうに咲いていたので、そのまま様子をみる事にした。
花が終わって夏になると、植えたアジュガはどんどん広がっていった。
本当に地面を覆いながら横に広がっていくんだなぁと感心していた。
斑入りの葉だったので、花がなくてもキレイな葉が楽しめる。
アジュガ作戦は大成功だった。
とはいっても、まだまだ広がり方は足りず、花壇の半分は土がむき出しの状態だった。
翌年の春先にホームセンターで別のアジュガの苗を買い足して植えた。
4月にいっせいに葉が盛り上がって、どんどん花を咲かせた。
買い足した苗は、最初に買ったものとは違い、ビニールポットに2種類入っていた。
1つは赤黒い葉で斑なし、もう1つは、最初に買ったような斑入りで、赤みがかった部分がある葉だった。
葉の色柄が違うだけで、どれも同じ花だろうと思っていたのだが、赤黒い葉のものはピンク色の花を咲かせた。
赤っぽい斑入りの方は、最初に買ったものと同じような青紫の花だった。
アジュガにも色んな種類があるのだと後で知った。
花が終わってからどんどん地面を覆って伸び、アジュガを植えた辺りはすっかり土が見えなくなった。
葉のすき間から雑草は生えてはくるが、以前の一面雑草だらけの花壇を思うとどれだけマシになったことか。
その翌年の春、花壇は紫とピンクの花で満開になった。
花畑のようで、本当にキレイだった。
だが、その年の夏に事務所は移転し、花壇はすっかり壊されてなくなった。
情緒のないロボットには、花壇を移築しようかという発想すらなかったようだ。
元々はジュウニヒトエという野草で、それを園芸種に改良したのがアジュガ(西洋ジュウニヒトエ)。