引っ越し狂想曲
もうすぐ、我が勤務先事務所が移転する事になっている。
それに関して、ロボット上司が建築会社や電気工事業者、はたまた地主との折衝を一人で一手に引き受けている。
この上司、こちらに異動してきてまだ半年しか経っていない。
おまけに直属の部下ときたら、例の高機能である。
気を利かせて、ロボットが行き届かない所をフォローするなどという奇跡はまず起きない。
取りあえずロボットとしては、自分が思いつく什器をレイアウトするだけで手いっぱいで、細かい部分にまでは気が回らない。
そもそも、細かい所に気くばりが出来る性質ではない。
ないのだが、どうでもいいことには細かくこだわる、たいへん面倒な性格の持ち主でもある。
おそらく、典型的な「前者だと思い込んでいる後者」なのである。
だから、移転に際しての不備はしょうがないと思う。
移転して稼動してから、足りない部分を足していくしかないと私は思っている。
ところがである。
ここに来てまた面倒事が起こりだした。
おばちゃんである。
もう毎日毎日げんなりする。
私としては、はやく移転が無事完了してくれないかと、毎日指折り数えているくらいなのだ。
他の人たちが、キャビネットの配置だの、会議室の椅子テーブルをどうするだの、応接セットはどうするだのと、なるべく節約しようと相談している横っちょの方で、おばちゃん一人が『食器棚』の事でメラメラと燃え上がっているのだ。
おばちゃんの頭の中には、「新事務所の給湯室」の事しかない。
新しい食器棚を設置してもらえるのか、新しい食器乾燥機を購入してもらえるのか、ガスコンロはどんな形状なのか。
会社の移転で、そこが一番気になる所だろうか?
私は全く気にならないので、おばちゃんの気持ちはまぁ理解できない。
そもそも取り仕切っているのが男性ということもあって、給湯室の事を気にかけるような人はまずいない。
そして、おばちゃんはまた私に言ってくる。
「ねぇ、食器棚どうするか聞いてる?」
知らねぇ~よ。
なんで私に聞くんだか。
「私は何も聞かされてないから知らないよ。直接上司に聞いてみれば?」
と答えるしかないので、そう答える。
「ええ~、うっそー、なんで?気にならないの?気になるよね、普通ー、ええ~?!」
またですか。
またその反応ですか。
よっぽど私は普通じゃないんだな。
もう面倒なので、
「とにかく、何も聞いてないから」
と逃げた。
それ以来、毎日私に聞いてくるようになった。
食器棚、食器棚とうるさい。
しかも、事務所のレイアウトにまで言及するようになってきた。
挙句には
「私に相談もなく、勝手に事務所のレイアウトも決めてるし、食器棚の事も全然何も言って来ない。新社屋の図面も全然見せてくれないし、どう思う?」
と言い出したのだ。
どう思う?って言われても、どうも思わねーよ。
この人、一体どーなっとるんじゃ。
何様?
なんで自分に相談されること前提で考えてるんだろうか。
ワケがわからん。
しかも、納得出来ないと言いながら、直接上司に談判することは絶対にない。
私ももう相手するのが面倒になり、とうとう根負けして、ロボット上司に
「給湯室の食器棚とか、新しくするんですか?」
と聞いてみた。
「う~ん、その辺の事は全く考えてなかったなぁ。今使ってるのをそのまま持っていけばいいんじゃない?」
と、本当に適当に考えていた。
そのまま使い続けるにはボロボロすぎるんだよな、とは私も思っているので、
「安いものでいいから、新しくした方が良いと思いますよ。まぁ、おばちゃんの意見も聞いてみては?」
と一応は伝えておいた。
その翌日。
おばちゃんがまたグチりに来た。
「昨日、ロボット上司がやっと食器棚の事を私に聞きにきたんだけどさ~」
「あ、そう。良かったじゃん。新しいの買ってくれるって?」
「買うのは買うらしいんだけど、なんかねぇー」
また雲行きがあやしい。
なんで?新しいの買うことになったのに、何が不満なのだ?
と思いつつ、続きを聞いていると、
「自分でニトリに行って、適当なの注文して来るって言ってるんだよ、どう思う?」
どう思うも何も、それで良いんじゃないのか?
意味がわからん。
「え?どうって、それで良いじゃん。買ってくれる事になったし」
と答えた。
おばちゃんはびっくりしたような顔で
「ええっ?おかしくない?だって食器棚買うんだよ?食器棚買うのに、自分一人で行くって言ってるんだよ?食器棚買うんだったら私と一緒に行かないとダメじゃない。なのに勝手に進めようとしてるんだよ。何考えてんだろう、ほんといい加減にしてほしい」
「・・・・・」
そのまんま返す。
ほんと、いい加減にしてほしい。
「一緒に連れて行ってって頼んでみたらいいんじゃない?」
とだけ言って、逃げた。