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goru-goru綴り

日頃のもやもやを書き綴ります

残念ブログ、その後

一か月ほど、例の残念ブログを見ていなかったので、久々に訪ねてみた。

 
タイトルの通り、私の中ではすっかり残念ブログに成り下がってしまった。
 
今までは『すべてのブログの管理人様、日々お疲れ様です』というタイトルの頭に『続』『続々』と付けて続編をアップしていたが、キリがない上、これからも観察していくつもりなので、タイトルを変えることにした。
 
だって、面白いんだもんw
 
さて、その残念ブログだが、相変わらずコメント欄は閑古鳥。
 
何日かに一回、読者からコメントが書き込まれているようである。
 
例のAさんも、たまに書き込む程度になっている様だ。
 
さもありなん。
 
私の読みでは、Aさんは読者散らしを工作しているのであって、読者が集まらない時はコメントする必要がないのである。
 
たまに訪ねてコメントを書き込んでいる読者(仮にBさんとする)がいる。
 
以前、「カエルの楽園」を紹介していた読者だ。
 
このBさん、社会派な内容のコメントや、精神的な宗教に関するコメントをしていて(どうやら仏教に造詣が深い様である)、私個人は、いつもなるほどと感心しながら読んでいる。
 
だが、ブログ主の関心は全くそちらには向かないようだ。
 
ブログ主の返信が、Bさんに対しては素っ気なくておざなりな感がある。
 
Aさんに対する返信とは真逆、と言えばわかりやすいだろうか。
 
ある時そのBさんが、ある特定の民族について、ブログ主に質問形式でコメントをしていた。
 
これは解るひとには良く解る、壮大なイヤミだと私には読めた。
 
信仰心あつい純日本人であるBさんから、西洋カブれの異教徒であるブログ主に対しての、「あなたはそれでも日本人なのか?」という問いかけであると感じたのだ。
 
どうやら、ブログ主は、そのある特定の民族が信仰する、旧約聖書の元になっている宗教を信仰している様なのだ。
 
ところがこのブログ主、得意分野に言及された嬉しさからなのか、その民族の歴史について滔々と書き込んで、結果、頓珍漢な返信をしていた。
 
多分、Bさんは「そんなことは聞いてないんだよ」、という気持ちでいっぱいだった事だろう。
 
ところが、このやり取りに意見を挟んで来た読者がいる。
 
Aさんである。
 
キタキターーー(((o(*゚▽゚*)o)))
 
「宗教や哲学に関するサイトがあれば、そちらでBさんとブログ主さんとの深いやり取りを読んでみたい」
 
なるほど、Bさんのツッコミが、Aさんにとって都合が悪い、よって、そういったやり取りは別の場所でやってくれ、という事なのか(注:私の勝手な妄想ですw)
 
このコメントを読んだブログ主、嬉々として、
 
「じゃあ、その関連のサイトを作っちゃおう。Aさん、協力お願い」
 
と、張り切りだす始末。
 
「Bさんも誘っちゃおう」
 
と、その場のノリで、Bさんにも呼びかけていたり…
 
マジにAさんに躍らされてるんじゃん。
 
そもそもブログ主自身は、Bさんのコメントにはあまり関心が無いんだけど、Aさんが興味を示したから、採用決定!な感がハンパないのだが。
 
そりゃ、Aさんにしてみたら、別サイトを進めるだろうさ。
 
だって、そのブログに読者が集まる事を良しとしていない訳だからね。
 
コメント欄で、そういう興味深いやり取りをしていたら、我も我もと読者が集まってしまうではないか。
 
ただ、Bさんが協力的かどうかという点には疑問符が付く。
 
この人のコメントは、常にピリッと鷹の爪が効いているというか、かくし味にショウガが入っているというか、どこか根底にブログ主を批判している要素があるような気がするのだ。
 
もちろん、文面にはそんなことは書かれていない。
 
いつも丁寧に、ある事柄についての解説を書き込んでいる。
 
だが裏を返せば、
 
「日本人のクセに、そんなことも知らないの?では、知らないあなたに懇切丁寧に書いてあげますよ」
 
と言っている様にも思えるのだ。
 
ひょっとしたらBさんも、Aさんの怪しさと、ブログ主の流されやすい脆弱さに気付いているのかもしれない。
 
と、まあ、完全なる私の妄想では有るんだけど、そう考えながら観察していると、どんどん面白くなっちゃったんだよね。