無駄になった備品たち
会社が所持している保養所が何ヶ所かある。
福利厚生の一環として、社員は誰でもが利用できるようになっている。
その保養所の一つがあるのが現在の勤め先の県だという事で、我が支社が管理する事になっている。
まぁ、そういうものは総務が担当するのが常で、今までも代々私がいる部署の上司が定期的に掃除や備品の補充にをしに行っていた。
大体、どの上司も面倒ながらしぶしぶ行っていたのだが、ただ一人、嬉々として出かけていた人物がいる。
前任上司である。
一体何が楽しいのか、朝からいつも嬉しそうにイソイソと出かけ、夜遅く戻っていた。
そして、保養所で使用する備品として山のように買い物をし、その領収書をどっさりと高機能に平気な顔で回していた。
元々買い物が好きなようだった。
ある時、その保養所の掃除に行くからと午前10時くらいに会社を出て、お昼ちょっと前に戻って来た事がある。
あまりの早さに驚いてよくよく聞いてみると、ずっと会社の近くのホームセンターで買い物をしていて、買い物メモを忘れたので会社に取りに戻ったという。
まだ現地に辿り着いてすらいなかったのだ。
そして、その買い物好きな前任上司はどんどん保養所の備品を買う。
CDコンポ、DVDプレーヤー、テレビ、新しい冷蔵庫、キッチン用品、ベランダに置くテーブル・チェアーのセットなど。
そんなものを揃えろと本社から言われもせずに、勝手に購入していた。
そして、本社や他支社の親しい人に対して「オレが全部揃えたんだよ」と自慢げに悦に入っていた。
経費節減どーのこーのって本社から通達が来てなかったっけ?
と、私は冷めた目でいつも見ていた。
私が仕事で使用するPCの新しいマウスや新しいテンキーは買ってくれないが、保養所の備品は要不要にかかわらずどんどん買っていて本当にあきれた。
ある日、その前任上司がソワソワしながら話しかけてきた。
「goru-goruさん、今日荷物が二つ届くはずなんで、オレいなかったら受け取りお願いしますね」
という。
言われなくても何かが届いたらイヤでも受け取るわ!と思いながら「はい」と答えた。
その日の夕方近く、二つの荷物が別々に届いた。
前任上司は嬉しそうにワクワクしながら
「わー、やっと来た~。どんなのかなぁ~」
とかなんとか言いながらその荷物を開けて中身を取り出した。
二つとも”額縁に入った絵”だった。
えええ~~~~??
絵なんか買ったんかい~~~??
と驚いたのだが、よく見るとさすがに本物のすごいヤツではなくレプリカの様だった。
個人的な趣味で家に飾るのに買ったのかと思ったのだが、次の高機能との会話でひっくり返りそうになった。
「高機能くん~、これイイと思わない?保養所にピッタリでしょー?こっちが玄関用で、こっちがリビング用ね。やっぱりああいう所には絵を飾らないとね」
・・・・・
保養所の部屋に飾るのに買ったってか?
本社はOK出してるんだろーか?
さすがに、片やレプリカ、片やポスターだったので、そう高くはなかったが、同梱されていた領収書を見ると両方でン万円になっていた。
なんだかこの人のお金の使い方がイマイチわからない。
本当に、こんなの買っていいのか?と思っていたら、私の方に向かって
「ほら、goru-goruさん、これイイと思わない?部屋が明るくなるよ。ね、ね!」
と、その絵を見せながら嬉しそうに言う。
「はぁ、まぁそうですね」
と、なんとなくその絵に違和感を覚えながら曖昧に返事をする。
片方は、超有名な絵のポスターだったので「ああ、あれか」と分かったのだが、見せられた方の絵は知らない絵だった。
なんとなく変なカンジだと思いながら、その絵をネットで調べた。
そして、ようやく違和感の正体が分かった。
前任上司が、90度横に向けて見ていたのだ。
横向きの絵を一生懸命「いいよね、いいよね」と言っていたのだ。
絵の天地もわからない輩が絵を買うと、こんなに面白いことになるのか。
一体、どういうコントなんだろーか?
その横向きに絶賛していた絵がクリムトの「ひまわりの咲く農家の庭」である。
ほんの2年ほど前の話である。
そして現在、社長が交代してからその保養所は売却する事になった。
売却するまでは利用できるが、今ではほとんど利用者はなくなってしまった。
あの絵、どうなったんだろうか。