とうとう、前任の上司について書いてみる その3
普通なら、職場で上司に対してこんな態度をとっていたら、コミュニケーション能力の欠如で即問題になっていたと思う。
ましてや、ただのパートタイマーである。
そもそも辞めさせられそうになっていたのだから、次の契約更新は無しと言われてもおかしくないのだが、不思議な事に半年毎の契約更新はいつも先方から慰留を言い渡された。
毎回、私に辞めて欲しいんじゃなかったっけ?と思いながら更新の手続きをしていた。
要するに、この頃になって前任者も他部署の管理職も「高機能は無理」、私がいなくなると仕事が回らなくなるという事に、ようやく思い至ったらしいのだ。
私に対する態度が間違っていた事に気づき始めたのはいいが、その頃にはもう後の祭りだったというわけだ。
それがわかったのが、翌年度に入ってからの送別会の席でだった。
前任者と高機能が二人で幹事をやっていた。
本当は高機能が幹事だったのだが、一人では心もとないというので、前任者も一緒になって送別会の準備をしていた。
ずっとそんな調子で手を貸してやるから、いつまでたっても高機能は高機能のままだった。
私は、丁度月次の締め切りで開始時間に間に合わず、1時間程遅れて会場の居酒屋に到着した。
皆が仕事を終えて出発する時間になっても、私は帰り支度をせずにそのまま仕事を続けていた。
すると前任者が
「goru-goruさん、早く用意しないと送別会に間に合いませんよ」
と声を掛けて来た。
いつも素無視で、高機能と二人でさっさと出て行くのに、急に声を掛けてきたので驚いた。
こちとら必死で締切に間に合わせようと仕事をやっつけているのに、一体何のモンクがあるんだよ、とすっかりヤサグレていた私は
「今、締めの時期なんですけど、知りませんでした?」
と厭味ったらしく答えた。
前任者はあわてたように
「あ、いい、いい。仕事が残ってるんだったらしょうがないんだけど、せっかくの会社の飲み会だから、ちゃんと参加してもらった方がいいと思ってね。goru-goruさん、めったに参加しないからさ~」
と言った。
コイツからは何を言われても悪く取るようになっていた私は、
「何ですか、それ?いつもと同じですよ。いつも忙しい時期に飲み会設定してるから、しょうがないじゃないですか。」
と、また厭味ったらしく答えた。
何か言われるかと思ったが、前任者は
「うん・・・そっか・・・」
と言ってそれについては何も言い返して来なかった。
そして、
「じゃあ、なるべく早目に切り上げて店の方に来てくださいね。待ってますから」
と言って、高機能と一緒に出て行った。
待って頂かなくて結構じゃ!と思いつつ、前任者が出て行き際に
「ホントに、いつもいつも締め近い日に飲み会の設定しやがって、嫌がらせかよ」
と聞こえよがしに言った。
ちゃんと聞こえていたと思う。
パートタイマー一人に仕事を押し付けて、自分達は悠々と飲み会に参加って、いったいどんな会社だよ。
私も今まで色んな企業で働いてきたが、こんな状況は初めてだった。
自分が正社員の立場だったら、そんな事が平気で出来るかをまず考えたが、絶対ないな、と改めて思った。
ある程度キリの良いところで仕事を終えて、遅れて居酒屋に行ったら、前任者の席の前が空けられていた。
いやな予感がしつつ、
「遅くなりました~」
と皆に詫びを入れながら入って行くと、
「goru-goruさん、こっちこっち!遅かったね~、電話しようかと思ってたとこだよー」
と前任者に呼ばれた。
は?何なん?
こっちこっち?
私にそこに座れってか?
ムッとしながら前任者の方に近づくと、
「席、取っておいたからね。はい、これ、goru-goruさん遅いからさぁ、鍋がもうなくなっちゃうと思って、取り分けておいたんだよ。ここの鍋、おいしいよ、はい。飲物は何にする?食べる物も好きなの頼んでね、はい、メニュー」
「・・・・・・・」
なんで、コイツと顔を突き合わせて飲み食いしなければならんのだ。
他に空いている席は無いのかと見回してみたが、キレイにそこしか空いていなかった。
いつもはコイツが私の席など絶対に取っておく事は無いのだ。
以前など、一度私の隣しか空いていない時に前任者が遅れてやってきて、別の人に
「オレ、あの席イヤだよ、お前代わってくれよ~」
と私の顔を見るなり、無理やり別の人に移動させていたのだ。
そんなヤツがわざわざ席をとっていた事が、本当に気味が悪かった。
「適当に空いてる席に座りますので、取っておいて頂かなくて結構ですから」
と言うと
「ああ、いいからいいから。他、何頼む?」
と、しらじらしく親しげに話しかけてくる。
ここは一つ仕返しをしておかねばと
「なんでこんな席しか空いてないんですか、ちょっと、誰か代わってもらえませんか~?」
と誰ともなしに辺りを見回しながら言った。
すると、前任者が慌てたように
「いいからいいから、ちゃんとgoru-goruさんの料理もここに取ってあるからさぁ。まぁ、座ってくださいよ」
と無理やりその空いている席に座らされた。
「食べたい物、何でも頼んでね。何がいい?」
と聞いてくるので、
「残り物を頂きますので結構です」
と、こんな席は耐えられんとばかりに拒絶して、少ししたら即出ようと思っていた。
よく見ると、高機能が近くにいない。
いつもは2人1セットのごとく一緒に居るのだが、その時は珍しく高機能は離れた席に座っていた。
憮然としながら取り敢えず残った料理を食べていると、前任者がおもむろに、
「高機能くんなんだけどさぁ、goru-goruさん、高機能くんと仲良いよね?」
と尋ねてきた。
いったいどんなメガネをかけたらそう見えるんじゃ。
「は?何ですかそれ。こっちは迷惑ばっかり被ってるのに、何で仲良くしないといけないんですか」
と答えると、
「でもさ、仲良くしようと思えばできるよね?」
としつこく聞いてくる。
またアレか?
しつこくくっつけようと画策してんのか?と思い、
「もう、そういうのは止めてくださいよ。本当に嫌なんですから」
とムッとしながら答えた。
すると
「ああ、違う違う。そういうのじゃなくて、高機能くんてああいう感じだからさー、goru-goruさんもちょっとガマンしてなんとか高機能くんと仲良く仕事してくれたら良いなぁと思ってね」
と言う。
はぁ?
私がガマンしてないとでも思ってるのか?
これ以上何をどうガマンしろというんじゃ?!
「ちょっと待ってください。私、相当ガマンしてやってるんですよ。これ以上何をしろって言うんです?もうすでにいっぱいいっぱいで、他の仕事は受ける余裕ありませんから!」
と答えると、前任者はまた慌てたように
「いやいや、そうじゃなくてね。goru-goruさんの仕事を増やそうと思ってるわけじゃないからね。実はねぇ、高機能くん、あんなカンジでしょ。支社長から、ちゃんと指導して使えるようにしろって言われてるんだよね」
と話し始めた。
「そうですか。じゃあ、ちゃんと指導してあげれば良いじゃないですか。その為に、高機能さんの仕事を私に回してるんでしょ?時間出来てるはずですよね」
と言った。
すると、前任者は言いにくそうに
「うん・・・そうなんだけどね。goru-goruさんには本当によく頑張ってもらってていつも助かってるんだよね。仕事も引き受けてもらってるから、集中して教えられると思ってたし。でね、オレも一から丁寧に指導してるつもりなんだけど、一向に改善が見られないと言うかさぁ。ちょっと一人だと無理な気がしてるんだよね」
あー、そういうこと。
なんとなく読めてきた。
要するに、あまりにも高機能に成長が見られず、一人で指導するのが苦になってきたので、私にも加われというわけか。
なんでそういう方向になるのか全く理解できないが、そう言いたいという事はわかった。
まっぴら御免こうむる。
あれは、ああいう病気なのであって、ちゃんと指導したら改善するのなんのというレベルの話ではないのだ。
私は常々、よくそんなムダな事に時間を費やせるもんだと、前任者を冷めた目で見ていたのだ。
そんな無駄な事になぜ関係のない私が関わらないといけないのか。
そもそもの、適材適所がなっていないという人事上の問題を、全く別の次元で解決など出来るはずがないのだ。
自分が出来ると思って引き受けた仕事を、やっぱり出来ないからと人にも負わそうとするとは。
しかも、その相手がちょっと前まで敵視していた人物て・・・
わざわざそんなアホらしい話をする為に、私を前に座らせたのか。
なんという情けないヤツ。
こいつには恥ずかしいという概念がないのだろうか?
もう面倒なので、先回りして言ってやった。
「私、関係ありませんから。
部下の教育は上司の仕事です。
私は高機能さんの上司ではありません。
ただのパートで、それなりの時給しかもらっていません」
あんまり先回りして言ったので、前任者は呆然としていた。
そして、
「そうかー・・・。そこを高機能くんとうまくやり取りしてやってもらえないかなぁと思ったんだけど、どうかなぁ」
とまだ食い下がってくる。
「テンポが違うから無理です。見てたらわかるんじゃないですか?高機能さん、私の速度についてこれないじゃないですか。私の方が速度を落としたら、全く仕事が追い付かなくなりますし。なんで劣ってる方にわざわざ合わせないといけないんですか。学校じゃないんですから。給料もらって仕事してるわけですし。そもそも、高機能さんだって私の上司なんですよ。上司を教育するなんて聞いた事ありませんよ」
と、一気にまくしたててやった。
前任者はまた黙っていた。
正論を言わない人間に正論を突きつけるとこうなるのかと、妙に冷静に感心しながら観察していた。
少し間が空いて、前任者がまた懲りずに話し出した。
「そうだね・・・。うん、goru-goruさんの言う通りだね・・・。まぁ、その話はもう置いておくとしてさ、今度社内で慰安旅行があるでしょ?」
と唐突に話を変える。
取り敢えずは、高機能に関する話は回避できたようで、ホッとした。
だが、そんな旅行が企画されていたとは全く知らなかった。
「へぇ、そうなんですか」
それがどうしたと言わんばかりに返事をした。
「goru-goruさん、わりと会社の行事に参加しない事が多いじゃない?オレがちゃんと旅行の企画やるからさぁ、絶対に参加して欲しいんだよね」
何だそれ?
まぁどちらかと言えば、会社行事には好んで参加する方ではないが、忙しくなかったらいつでも参加できるわけですよ、私は。
本当に物事の本質を理解していない人なんだなぁ、と呆れるのを通り越して感心してしまったわ。
「忙しい時期に当たらなければ参加しますよ、そういう決まりなら」
と答えた。
すると前任者、急にキレぎみな感じで
「決まりとかなんとかじゃなくてさぁ、もっと進んで楽しんで欲しいわけ!そういう杓子定規にしょうがなく参加するような感じじゃなくてさ!」
とまくし立てた。
何言っちゃってるの?この人。
誰のせいで楽しくなくなってると思ってるんだよ。
嫌がらせ嫌がらせで周囲から隔絶してるのはいったい誰なんだよ?
あんまり腹が立ったので、
「あのねぇ、そんな風におっしゃるなら言わせていただきますけどね、元々、嫌な目に遭ってなかったら楽しい職場ですよ。給料なりに働けてね。なんでか、いつの間にか楽しくなくなりましたけどねぇ。あと2年くらいガマンすれば楽しく過ごせるようになると思いますよ、私も。楽しくないのには理由がちゃんとあるんだから、無理に楽しく過ごせって言われてもそんなの出来ないに決まってるじゃないですか。前任者さんならよくわかってるんじゃないんですか?」
とまくし立ててやった。
前任者は口が達者であるが、私も本来ズケズケ言う方なのである。
そして売られたケンカは買う。
向こうは最初、勝った気で何も言わない私にやりたい放題していたのかもしれないが、面と向かってやりあうと、正論を述べる私の方が論破出来てしまうのだ。
前任者はまた黙る。
後2年程で、コイツも他部署の管理職も異動になる時期だ。
ついでに高機能の異動も願っているが、もうすでに何年もその兆候が見られない。
きっと、この地方の端っこの支社で、ずっと過ごして終わるのかもな、と私は半ばあきらめている。
「でもさ、最近、高機能くん支社長に怒られてないと思わない?オレもそれなりに頑張って考えながら高機能くんを鍛えてるんだよ。その辺はどう思う?」
と、急にまた話を変えてきた。
「は?また高機能さんの話ですか?そうですねぇ、確かに支社長に怒られてる姿は最近みませんねぇ」
と答えると、
「でしょー?オレ、ちゃんと頑張ってやれてるよね?そう思うよね?」
と、必死で同意を求めてくる。
いったい何なんだよ。
結局、自分に対する周囲の評価を気にしてるワケか?
アホか。
本気で萎えるわ。
しかも、高機能が支社長から怒られなくなったのは、高機能の能力が向上したわけでもなんでもない。
横から必死で前任者が補足して、うまく言い訳しながらフォローしているからである。
そういう所で、前任者の口のうまさが引き立っている。
結局、支社長命令である「高機能を使えるように育てろ」というミッションは、全く遂行出来ていないのだ。
「そうですね、確かに高機能さんを懸命にフォローして、ボロが出ないようにしてますよね。そういえば、私が仕上げた資料もいつの間にか高機能さんがやった事になってましたし、まぁ、色々と大変ですよね、前任者さんも。高機能さんは全然変わってませんもんね。まぁ、そのまま頑張れば良いんじゃないですか?私、関係ありませんし」
と、突き放したように返事をしておいた。
前任者はまた黙っていた。
前任者が、一体何を気にしているのか、さっぱりわからなかった。
たかが、近々辞めさせようと思っていたパートのおばさんから評価を得られなかったからといって、そこまで気になるものか?
「一体、何が気になるんです?」
と、聞いてみた。
続けて、
「高機能さんは元々あんなカンジなんで、皆わかってると思いますしね。周りの人も、前任者さんが構ってあげて頑張ってるのをわかってるからいいんじゃないですか?」
と言った。
すると、前任者が
「今度の慰安旅行で、オレが色々と企画して楽しい旅行にしてさー、goru-goruさんにスゴイって思って欲しいっていうかさぁ・・・」
とビックリするような事を言い出した。
・・・ほんと、引くわ。
その頃の社内で、前任者の事を超絶嫌っていたのは、おそらく私だけだろうと思う。
この人自身は、元々人懐っこく、誰とでも仲良くできる性質なので、私以外とはいつも友達のように接していたのだ。
だが、私だけは違っていた。
本当に私にだけはアタリはキツいし、酷い言い方をするし、小学生風にいうと、仲間はずれのような扱いをずっと受けていた。
自分からあれだけ嫌がらせをしていたなら、嫌われて当然と受け止めていたと思ったのだが、本人は違っていたようだ。
どう考えても遅きに失するが、今さらながら、私からも好かれて仲良くなりたかったらしい。
その感覚にビックリした。
前任者の予定では、私がすぐに辞めるはずだったのだろうが、実は辞めてもらっては困る人物にいつの間にかなっていた。
しかも、辞める人間だからと、散々嫌がらせをしていたのに、そのしわ寄せが来てしまって、自分の方がしんどくなっていたのだ。
本人からしたらとんでもない誤算なのだろう。
こんなアホは初めてなので、私もどう言えば良いのかサッパリわからなかった。
わからなかったので、はっきりと思った通りに言う事にした。
「もうそんな無駄な事に神経使う事ないですよ。何やっても私がそんな風に思う事はこの先1ミリもありませんので。他の人がちゃんと楽しめるようにすればいいんじゃないですか?私は無理ですよ、参加する事が既に楽しくない事になってますから」
と、突き放すように答えた。
そこに、空気を全く読まない、もう一人のどうでもいい人物が近づいてきた。
他部署の管理職である。
「goru-goruちゃん、お疲れ~。まぁ一杯飲んでよー」
と、ビールの瓶を差し出してきた。
こいつの事はとことん無視しているんだった、と思い出し、「ちょっとお手洗いに行ってきます」と席を立った。
管理職は、「え?ああ、トイレ?あ、ああ、そう・・・」と、まるでお酌を拒否られるとは思ってもみなかったような顔でこちらを見ていたが、これは道端の石と見做すとばかりに無視してトイレに向かった。
コイツに関しても、前任者と全く同じだった。
以前なら、私に対してお酌をしにくる事など絶対になかったのだ。
どうせ前任者と二人でしめし合せて私のご機嫌を取ろうとでも思ったのだろう。
席に戻ると、前任者がドンヨリとした空気を纏って一人で飲んでいた。
ちょっと言い過ぎたかもしれないと思い、声を掛けてやる事にした。
「で、旅行はどこに行く事になったんですか?」
と尋ねた。
前任者は、ハッとして、自分の出番とばかりに嬉しそうに話し出した。
「行先なんだけどさー、○○の方面で考えてるんだよねー。オレ、前に赴任してた事あるから、あの辺り詳しいんだよ。絶対楽しくなると思うんだよね」
と言う。
げんなりしながら私は言った。
「そこ、私3回程行った事ありますけど。なんで、もっと皆が行った事なさそうな所思いつかないんです?」
と、結局また責め口調になってしまった。
いつの間にか追いつめるクセがついてしまったなぁ、と考えているうちに、はやく帰りたくなった。
何を話しても、接するだけでストレスにしかならない。
「じゃ、お先に失礼します」
と、送別会の主役の人達にあいさつをして、サッサと店を出た。