実は歓迎されていなかった人、という事を私は最初に聞かされた
会社事務所が移転してから、全体的に同じフロアになった。
広くなったから、その様に配置出来る様なったのだが、その事で私が気になる事があった。
以前の事務所で、勝手にフロア毎に仕事を分けていたおばちゃんは、同じフロアになってから、来客時のお茶汲みをやるのだろうか?
結果は、やっぱりやろうとしなかった。
ある日、数名の来客があって、こちら側も数名で応対して打ち合わせ会議を行う事があった。
しかもその来客は、おばちゃんの部署の来客で、応対するのもおばちゃんの部署である。
合わせて10名分のお茶を淹れなければならない。
その部署の人がおばちゃんに、
「お茶、10人分お願いします」
と言っていた。
最初はおばちゃんも、
「え?お茶?ああ、はいはい」
と言いながら給湯室に行ったので、さすがにフロアで分ける事が出来ないので、観念したのかと思っていた。
人数が多いので、運ぶのが大変だろうと思って少し遅れて手伝いに行くと、
「あ、goru-goruさん、今お水入れたからもうすぐ出来ると思うから。じゃ、後よろしく」
と、コーヒーメーカーにコーヒーの粉と水だけ入れて、やっておいてあげたと言わんばかりに、サッサと戻ってしまった。
完全にやる気ないんだな、とこれではっきり分かったのだ。
実は、移転して来た時に、おばちゃんが間取りを見てすぐにモンクを言ったのが、給湯室の位置だった。
応接室から離れた所にあり、給湯室にも応接室にもドアが有る事に怒っていた。
普通はドアがあるもんだと思っていた私は、変な所でモンク言う人だと思った。
ところが、よくよく思い返してみれば、前におばちゃんがいたフロアは、部屋の端に間仕切りだけの簡単な流し台とコンロが有り、社員がお茶を淹れて飲める様になっていた。
そこにはドアもなく、おばちゃんは来客時にお茶を入れた事がないので、応接室や会議室のドアを開けてお茶を運んだ事がないのだ。
ひょっとして、おぼんに載せて運ぶのが苦手なのだろうか?
結局、現在も来客があっても知らん顔をするので、しょうがなく私がお茶汲み役になってしまっている。
食器棚や食器乾燥機など、おばちゃん仕様に揃えたのは何だったのだ?
自分用として使う事しか考えていないのだろうなぁ。
私は元々、派遣社員として今の職場に派遣された。
当時の上司から聞かされたのは、この会社は、特に女性事務員は、コネ入社ばかりだという話だった。
親会社のヨメや娘を突っ込んで来るのが、常態化していたらしい。
私の位置の前任者も、親会社の社員のヨメだった。
これまたとんでもない人だったのだが、その人からは簡単に引き継ぎを受けただけで、重なっていた期間も2週間程度だったので、とりあえず我慢出来た。
ちなみに、その私の前任者とおばちゃんは友達、というか、奥様仲間である。
当時の上司は、その会社では珍しくそういう風潮が嫌いで、今までとは違う経路で、ちゃんと仕事をやってくれる人を入れたいと思い、初めて派遣会社に依頼したらしかった。
私はその上司からどうやら気に入られた様で、今までの女性事務員の仕事っぷりをあけすけに教えてくれた。
終鈴が鳴る前に平気で帰ったり、勤務時間中に当たり前のように近くのデパートのバーゲンに出掛けたり。
それを注意すると、ダンナや親に言いつける。
聞いていて、え?マジか?と思う様な事件のオンパレードだった。
そういった理由から、その上司はおばちゃんを入れるのは反対だったらしいのだが、押し切られて入れるハメになったそうだ。
ちなみに、現在のおばちゃんの位置には女子事務員は居なかったのだが、頼まれてしょうがなく居場所を作ったらしい。
おばちゃんも、飲み会の席でグチっていた事が有る。
最初はその上司から雑用ばかり押し付けられて、本当に腹が立ったそうだ。
上司もおばちゃん対策してたんだな、と思いながら聞いていた。
実際に見ていても、ああ、上司が言っていたのはこういう所なんだろうなと思った事がある。
ある日、取引先の来客があった。
そこの社長と名乗る人が、おもむろに私の所へやって来て
「○○さんの奥様でいらっしゃいますか?」
と言う。
○○さんと言うのは、おばちゃんの旦那氏の事である。
つまり、この社長さんは、私をおばちゃんだと思って声を掛けて来たのだ。
「いえ、違います。おばちゃんさんは、上の階に居ります」
と言うと、挨拶がしたいのでお邪魔しても良いか?と尋ねてくる。
「どうぞ」と、上の階のおばちゃんの所に案内すると、その社長さんはひたすら腰を低く、揉み手で
「いつも○○さんにはお世話になっております〜」
と、誰よりも真っ先におばちゃんに挨拶をしに行ったのだ。
これはダメだな、と上司の言っていた意味を深く理解したのだった。
そして、たまに聞くおばちゃんの何様発言も、激しく納得出来たのだ。
私が入ってから約3年後、その珍しく革新的な上司は、定年で退職してしまった。
おかげで改革はすっかり止まってしまい、おばちゃんは現在もやりたい放題に元気である。