もう一つの胡蝶蘭クライシス さらに続き
結局、その男性社員は、その日に「待ってました」とばかりに、植え替えたばかりの胡蝶蘭を嬉々として持って帰った。
本当に懲りないんだなぁ。
この執着はいったい何処から来るんだろうか?
後で聞いた話では、この男性社員は以前ミントをベランダで育てていたらしいのだが、水やりをサボり過ぎてカラカラに枯らしてしまったらしいのだ。
ミントと言えば、繁殖力が強くて有名なハーブではないか。
私の友人も、ミントを地植えしてしまった為、どんどん増えて困っていた。
そのミントを枯らすか?
まあ、その体験が、水を切らしてはならないという思い込みに拍車をかけているのだろう。
一抹の不安を覚えつつ、一応、育て方を簡単に説明しておいた。
私だって、全くの初心者なのに、なんでこんなに説明してるんだろーかと思いつつだ。
わからないならネットで調べるなりすればいいのに、何もせずに取り掛かかって、同じ事を繰り返して失敗。
私には全く理解できない。
毎日水やりしてて調子が悪いなら、水やり止めてみようとも思わないんだろうか。
「植え替え直後は、一週間ほど水やったらダメですよ。一週間後に水やりして下さい。その後は、10日置き位で良いですから。絶対に毎日やったらダメですからね」
と、念を押した。
そのやり取りを側で見ていた例のおばちゃんが口を挟んできた。
次から次へと、面倒な輩のオンパレードだなぁと思いながら聞いていた。
「なんで毎日水やったらダメなの?普通は毎日お水あげるよね」
と言い出した。
おばちゃんに説明するのは本当に骨が折れるので、あまり絡みたくないんだよなと思いつつ、簡単に答えておいた。
すると、おばちゃんは
「えー、だって、前に貰って帰った風蘭は、毎日お水あげてるけど、ちゃんと花咲いてたよ。あれも蘭だよねー、同じじゃない」
なんとビックリな。
このオバはん、風蘭に毎日水やりしてるんかい。
基本、風蘭もあまり水やりしない方が良い。
どちらかと言うと、乾燥ぎみに保つのが定番である。
と、私は譲ってくれたおじいさんに聞いたのだ。
その後、ネットでも調べたらその様に書かれていた。
ところがおばちゃんは、
「◯◯さん(おじいさん)が、下から水が垂れるくらいにやったらいいって言ってたから、毎日そうしてるし」
と自慢げに語り出した。
肝心の水やりの間隔までは聞いていなかった様だ。
風蘭は蘭の中でも丈夫な方で、多少の不具合にも耐えられる。
尚且つ、鉢を吊るして管理するので、水が多くてもある程度乾くのが早く、直射日光に晒されていない環境なら、枯れる事はないのだ。
もうおばちゃん相手は面倒なので、
「ああ、そうだね、どっちも同じ蘭だね」
とだけ答えておいた。
すると、おばちゃん、
「そんなに神経質にならなくても、ちゃんと毎日お水やってれば育つんだからさ〜、もう放っとけばいいんじゃない?
適当にやっとけばいいんだよ。
たかだか植木に必死になってバカみたい」
と言い放ったのだ。
確かにそうだ。
仕事でもないのに、必死に他の観葉植物にも水やりしてて本当にバカみたいだ。
そう言えば、おばちゃんも胡蝶蘭の鉢を持って帰ると言ってたし、もう放って置く事にしよう。
その数日後、おばちゃんが、
「私が貰って帰るって言ってたの、どれだっけ?」
と尋ねてきた。
関わらない事にした私は、
「さあ、あの白い鉢のやつじゃない?」
とだけ答えておいた。
「部屋の中に置いた方が良いんだっけ?」
「さあ、そうなんじゃない?」
「お水、あんまりあげない方が良いんだよね?」
「さあ、よくわかんない。自分があげたい時で良いんじゃない?」
「え?前に何日置きとか言ってなかったっけ?」
「ああ、あれね。私も聞きかじりで言ってただけだから。そんなに神経質にならなくても、適当にやってれば育つんじゃない?」
と、適当に答えておいた。
細かい事をいちいち覚えていないおばちゃんは怪訝そうにしていたが、「バカみたい」とまで言われては、こちらも良い顔ばかりは出来ない。
多分おばちゃんは、風蘭と同じように、毎日水やりをするのだろう。
どうせ適当に扱って枯らしてしまう消費者に、きちんと育てた蘭を出荷している蘭農家の気持ちが、少しだけわかった様な気がする。