goru-goru綴り

日頃のもやもやを書き綴ります

高機能さんの事1

これを詳しく書くと、この病気で悩んでいる人に悪い様な気がしてあまり詳しく書く気になれなかったのだが、いよいよ本格的にマズい状況になっているので書く事にする。

 

高機能さんが我が支社に配属になってすぐ、当時の上司が仕事の割り振りを決めるというので、ミーティングを行った。

その時にわかった事は、高機能さんはほとんど高機能さんの前任者がやっていた仕事をやった事がなかったという事だ。

まぁ、まずその場の全員が「あー、引き継ぎが大変」と思った。

 

しかも、当時の私は親の介護をしながら働いていて、勤務形態が今とは違っていた。

休みがちだったり早く帰らせてもらったりと、一応フルタイムとはいえ不安定な勤務状況だったので、一人と数えられないような状態だった。

 

高機能さんの前任者が本当によく出来る人で、ほとんどの業務を一人でこなしていて、私はちょっとそのお手伝いをしている程度だった。

 

支社内で誰もが高機能さんの事を知らなかったので、まさか高機能発達障害だとは思っていなかったのもあって、最初はちょっと大変だけど、慣れたらテキパキこなしてくれるだろうと思っていた。

なんといっても、色んな資格を持っているし、やった事がない仕事でも大体の要領はわかっているだろうと思っていたのだ。

 

ところが、全くそうはいかなかった。
まず仕事に関しては、当時の支社長から毎日のようにガミガミ怒られて、まったく改善されなかった。

当時の直属の上司も、高機能さんをフォローしつつもお手上げで放置していた。

 

仕事に関してはそんな感じで全くのダメダメだったのだが、仕事以外のちょっとしたコミュニケーションでも類を見ない不思議さを発揮していた。

不思議ちゃんどころの話ではない。

なんでそんな返事なの?なんでそこでそう動く?など、とにかくおかしな反応が多々あった。

 

特徴としては、まず人の為に何かをしてあげるという発想が皆無である。

そんなに大げさな事ではなく、例えば、別の人宛てに届いているFAXをその人の机に置いておくという事が出来ない、というか、頑なにしない。

自分の分だけ抜き取って、後は元に戻す。

郵便物を郵便受けに取りに行って、自分宛ての物だけを抜き取って、後はまた郵便受けに戻しておいたり。

私が電話中に来客があってもしらん顔で席を立たず、私の電話が終わるまで平気で待たせたり。

運送会社が荷物を配達してきても、知らん顔で応対しなかったり。

 

気が利かないというのともまた違う、妙なところがあった。

仕事上でも、こちらから尋ねないと何も言わないし、やらない。

こちらが待っている事でも、「もう出来た?」「アレ、届いた?」とまずこちらから聞かないと、自分からは全くなにも発信しない。

毎度のことである。

 

一度、イライラして「出来てるんなら聞かれなくてもこっちに渡して」と怒った事がある。

ところが、本人は不思議そうに「なんでそんな事しないといけないんだ?」という表情でキョトンとしているか、私の言い草にムカついてワザとバンッと音をたてて引出を閉めたりと、物にあたるか。

全くやろうとしないクセに、注意されるとプライドが傷ついて腹が立つらしい。

 

だが、こっちに支障が出てダメダメだと思ったので、位は上司であろうが何であろうがお構いなしに、ガミガミ言うようになった。

「こっちの方が急ぐから先にやって下さい」

「今日中にこっちに下さい」

「必ず明日までに渡して下さい」

などなど。

そんなこんなで、勤務時間中ずっと顔を突き合わせている私は毎日グッタリしていたのだが、別のフロアにいるおばちゃんや別部署の人たちには、全くこの苦労が伝わらなかった。

 

実態を知らない人からすると、高機能は口下手で、一見するとドンくさそう。

でも、一生懸命頑張って仕事をしている素直で朴訥な人物に見える。

整理整頓が出来ないので、机の上は散らかり放題。

たまに部署の部屋に入って来る人から見れば、その散らかり具合が大量の仕事に追われてすごく忙しそう、高機能さん、大変そうだなぁ、頑張ってるんだなぁ、という風に見えるらしかった。

なので、まさか郵便物を自分の分だけ抜き取って、残りは元に戻すようないやらしい人間には映っていなかったようだ。

 

私が高機能さんの相手をするのが大変だとグチをもらすと、別部署のほぼ全員

「そんなイジワル言わずにやってあげればいいじゃない」

と言うのだ。

その代表がおばちゃんだった。

おばちゃんは、自分が高機能から直接被害に遭うまでは、ずっとそんな調子だった。

「高機能さん、一人で大変そうだから少しは手伝ってあげれば?」

「あなたは普段から早く帰ったり休んだりしてるんだし、文句言わずにもっと高機能さんに感謝すべき」

などなど。

 

部署の部屋が分かれていたせいで高機能の仕事っぷりが皆から見えず、逆に当時の上司と私が高機能に仕事を押し付けているように見られていたのだ。

 

ところが、上司が次の上司に代わってから変化が起きた。

 

例の「前任上司」である。

 

人事異動で前任上司に代わってから2ヶ月後、ずっと介護していた私の親が他界した。

その1ヶ月後、それまでは派遣社員として勤務していたのだが、丁度派遣期間満了の時期でそれ以降は直接その会社でパートタイマーとして契約勤務する事になった。

 

それを機に、高機能が抱えていた仕事の面倒な物のほとんどが、全て私の方へ振られた。

高機能に一点集中させる為である。

その一点集中しなければならない仕事とは一体何なのか?

要するに、営業計画・予算管理などの、経営計画の財務資料の作成である。

 

我が部署はつまり、総務・経理を兼ねた部署であり、支社内の財務管理は高機能が任されている状態なのだ。

当時の支社長が、高機能の作る資料に不満だらけだった。

前任上司に、高機能がまともな資料が作れる様に教育しろという命令が下ったのだ。

 

高機能の前任者のように、あれもこれもやりながら尚且つ予算管理の資料も完璧、などという神業は高機能にはとても無理である。

だが、高機能に資料作りをやらせなければならない。

となると、その他の仕事を排除してそれのみに集中させるしかないという発想なのだろう。

 

私の怒りを買ったのは、その他の仕事を一切合財私だけに負わせたという点だ。

自分も何某かを受け持っていれば、私の協力体制も少しは違っていたかもしれないのに、一切の説明もなく、高機能から取り除いた仕事はすべてそのまま私へとスライドされた。

しかも、私がやるのが当然とばかりに振ってきた。

 

だが、前任上司は知ってか知らずか、結局、請求売上関係、支払関係、当座管理、現金管理などの経理に関するもののほとんどを私に振ってしまった為、高機能が余計に予算管理資料を作成する為の資料から遠ざかってしまったのだ。

 

今度は、高機能がそこから吸い上げて、資料作成の為の資料を自分で作る事が出来ないからと、それすらも私にやらせる事になった。

 

一体、高機能の仕事は何なのか?

人がお膳立てした数字を、元々高機能の前任者が綺麗に整えた書式の表に入力するだけだったのだ。

 

だが、そこからが高機能にとっての佳境だった。

資料を作るだけなら簡単なのだろうが、支社長に対して納得を得る説明をしなければならない。

実は、その分野が高機能にとって一番の鬼門なのである。

しゃべったら死ぬ病気にでも罹っているのかと思うくらい話が出来ない。

しどろもどろになって、要点をまとめる事が出来ず、何を言っているのかサッパリわからない。

 

まず相手の気持ちが汲みとれないので、わかりやすい説明が出来ない。

質問されても、相手が何を疑問に思っているのかという推測ができないので、適切な答えが返せず、トンチンカンな返事をする。

その繰り返しで、当時の支社長は怒り狂っていたのだ。

 

だが、前任上司の当面の目標は、「高機能が支社長から怒られないようにする」というものである。

支社長の怒りを買わなければ何でもアリだとばかりに、めちゃくちゃな仕事の割り振りをし、結局支社長への資料説明は前任上司が高機能の横にピッタリついて、フォローを入れながら毎回説明して終えていた。

フォローというより、ほとんど口の上手い前任上司が説明して終わっていた。

 

客観的に見て全く高機能に上達は見られないのだが、支社長からすれば満足のいく説明を受ける事ができたので、ほとんど怒られることはなく、高機能の事で不満を漏らす事はなくなった。

自分が良ければそれでよしとする、この支社長の姿勢にもつくづくゲンナリした。

支社のトップでありながら、周りの大変さなど全く考慮できない、本当に器の小さい最低な人だった。

 

そんなこんなで、私の方が仕事に追われるわ、トンチンカンな動きをする高機能を相手に進めなければならないわで、超絶忙しくなってしまった。

 

こちらの方が忙しくなっても、相変わらず高機能が大変そう、だけど頑張ってるという印象はなぜかそのままだった。

絶縁リスト2

前回のエントリー記事でも書いたように、学生時代はずっとクセのある同級生に振り回されていた。

高校を卒業し、そのまま併設されている短大へ進学した。

だがこの時、我が家の経済状況は火の車で、本当なら進学などしている余裕はなかった。

実は、高校に入ってからも再度転居したのは、父親の商売がうまくいかず店をたたむ事になったからなのだ。

それでも両親(というか母)は、なんとか工面して私立の女子校にそのまま通わせてくれた。

そのかわり、小遣いはゼロ。

バイトをしようにも、学校自体がアルバイト禁止で沿線でも有名だったので、そもそも雇ってもらえず、雇ってもらえてもすぐにバレる。

家計の内情を薄々理解していたのと、少しでも自分の小遣いが欲しかった私は、高校卒業後はどうしても就職したかったのだが、母がせめて短大は出てくれと泣きついてきた。

そして、母がまたどうやってか工面してきて、結局そのまま進学した。

またこの短大時代が本当に暗黒だった。

ちょうどバブルで世間が浮かれている真っ最中だった。

同級生はみな裕福な家庭のお嬢様で、厚化粧とブランド物に身を包んで登校していた。

私だけが毎日ジーンズにトレーナー、スッピンという地味で安っぽい姿で登校して、逆に悪目立ちしていた。

だが、短大からはアルバイトも解禁なので、ほとんど毎日アルバイトで過ごしていた。

それでもバイト代が全て自分の小遣いになるかと言えばそうはいかず、やはり無理をして学校に通わせてくれていたシワ寄せはこちらにやって来る。

学校へ支払う分は親がなんとか工面できたが、他にかかる費用はすべて自分のバイト代で賄うしかなかった。

文房具代、教科書代、交通費、衣服代、その他諸々。

同級生達が毎日合コンや旅行の相談をしているのを横目に、私は毎日学校からバイトへ直行の日々だった。

その同級生達から何度か合コンや飲み会に誘われた事もあるが、毎回断っているうちに誘われなくなった。

バイトで忙しいのもあったが、金銭的な余裕もないし、着ていく服もない。

当時の同級生たちが夜毎遊び歩いていたような、某有名ディスコ(懐かしい(°▽°))などに入ろうものなら、入口で黒服とやらいう人に止められて入れない。

まぁ行けるワケがないのだ。

そんな状態だったので、毎日クラスで顔を合わせるから話すというだけの友人はいたが、一緒にどこかへ遊びに行ったり悩み事を相談するような友人らしい友人は一人も出来なかった。

短大は4年制の大学とは違い、2年間しかない為、時間割がタイトで授業がぎゅう詰めになっている。

短大にもよるだろうが、サークル活動も活発ではない為、親しい先輩や後輩が出来たり、別のクラスの友人が出来たりという事はほとんどない。

しかも、私の場合2年間のほとんどをアルバイトで過ごしていたので、無理をして通わせてくれた親には悪いが短大での記憶はほとんどない。

そんな記憶にも残っていない短大時代でも、例のクセのある子の絡みは続いていた。

その子も同じ短大に進学した為、学科は違っていたが行き帰りで顔を合わせる事がある。

その為、色んなものに誘われて断るのが大変だった。

いちばん辟易したのが卒業旅行だった。

卒業間近という時に、学生最後の思い出に旅行に行くから一緒にどうかと誘われたのだ。

行先はディズニーランドだった。

卒業後も、就職ギリギリまでバイトをしていた私は到底無理だった。

なので、最初は「ずっとバイトが入ってるから無理」と断ったのだが、向こうがやたらと粘る。

「なんとか調整したら行けるんじゃないか」とか「最後くらい一緒にどこかに行こう」などとしつこく誘ってくる。

そもそも金銭的にも余裕がなかったので、日程を調整したからどうのという問題ではなかったのだ。

あんまりしつこいので、とりあえず「考える」と返事をしておいた。

すると、数日経ってから

「旅行どうするか早く決めてくれないかなぁ。goru-goruが行かないなら行先をディズニーランドじゃなくて北海道のスキー旅行にするつもりなんだよね。そろそろ予約取らないとマズいし、いつまでも返事延ばされると困るんだけど」

と言われた。

だーかーらー、最初に断ったじゃないかよ、と思いながらも、ここまで急かされたら逆に再度断りやすいと思い、

「ああ、そうなんだ。そういう事なら私やっぱり無理そうだから、皆で北海道楽しんで来て。返事引き延ばしてごめんね」

と、はっきり断った。

 

しかし、私が行かないなら北海道って何なんだよ。

本当は皆北海道に行きたかったけど、私のために安上がりで行けるディズニーランドにしてやったと言いたいのだろーか。

 

まぁ、これではっきり断ったしスッキリした気分でいたのだが、また数日経ってクセのある子から連絡があった。

「どうしてもダメかなぁ?働き出したら遊びに行く時間がなくなると思うし、これが最後だと思うんだよね。思い出にもなるしさー、一緒に行こうよ〜」

と、また振り出しに戻っていた。

一体何度断ったら決着するのか、この話は。

特に一緒に行きたいとも思っていなかった私は、あまりのしつこさにイライラしながら再度はっきりと断った。

それでやっとあきらめたのか、予約の日が迫っていたのか、もう誘ってくる事はなくなった。

 

後々この話の真実を聞いて呆れた。

実はクセのある子の幼馴染が関係していたのだ。

よくよく聞いてみると、幼馴染とはいえ、好き好んでクセのある子と行動を共にしていたワケではなかったらしいのだ。

 

幼馴染は幼馴染で、日々クセのある子に振り回されて辟易していたところ、私という緩衝材が現れたおかげで少し被害が緩和されていたようだ。

 

卒業旅行のメンバーには幼馴染もいて「goru-goruちゃんも一緒じゃないと行きたくない」とゴネていたらしい。

 

クセのある子にしてみれば、私はどうでも良いが幼馴染の機嫌を取るために必死で私に誘いを掛けていたのだろう。

当時はこんなカンジで、実際はイヤイヤながらも表面的な付き合いという関係の友人しかいなかった。

 

短大に進学してからは、高校時代に仲の良かった同級生達とは進路もバラバラになり、私もバイトバイトで忙しくてすっかり疎遠になってしまった。

絶縁リスト1

今、私生活でちょっとした窮地に立たされている。

そういう時、少し一息ついてボーッとしていると、なぜか昔のしょーもない事を思い出したりする。

私の場合、若い頃の友人関係をよく思い出す。

良い友人に恵まれなかった私は、若い頃の友人とはすっかり絶縁状態になっている。

なので、よく「幼稚園の頃からのくされ縁」などと言う人の言葉を羨ましくも思うのだ。

覚えているうちの一番古い記憶で最初に仲良くなった近所の女の子は、少し離れた所に住んでいたその子の従妹と結託して、私を仲間はずれにするようになった。

ある日、その子達にいじめられて帰ってから誰とも遊ばずに過ごし、そのまま幼稚園に入園した。

その時から幼稚園で出来た友達と遊ぶようになり、その近所の女の子の事はすっかり忘れ、いつの間にかその女の子の家は引っ越していて無くなっていた。

小学校に上がると、幼稚園の時の友達がみな別の小学校で離ればなれになり、全く顔を合わせる事がなくなった。

小学生の時は、小学校で出来た新しい友達と仲良くなり、その子たちとよく遊んでいた。

だが、その小学校の6年間でも2年毎にクラス替えがあり、必ず仲の良かった子とは別々のクラスになっていた。

私だけが別のクラスで、他の仲良しグループだった子たちは皆同じクラスという事もあった。

なぜか、私だけがいつもクラス替えがある度に、また一から人間関係を作っていかなければならず、誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなれる方ではなかったので、子供ながらに本当にメンタル的にしんどかったのを覚えている。

まったくバラバラの所から一つに集まったというわけではなく、ある程度出来上がった集団をいくつかに区切って組み合わせを変えただけの状態なので、私以外の子たちはすでにグループが出来ていて、その出来ているグループに一人で入って行くのが本当に大変だった。

中学に上がってもほぼ同じ様な状況だった。

相変わらず、私だけがまた別のクラスで、他の子は誰かしら知っている子や仲の良かった子と同じクラスになっていた。

そして、私は中学3年に上がる時に、親の仕事の都合で転居した。

初めて"転校"という物を経験したのだが、その転校先の中学が2年から3年に上がるときにクラス替えをしないらしかった。

すっかり出来上がっているグループ割りで、しかも中学3年の受験生だ。

その中学自体、転校生というものが珍しかったらしく、いつも男子生徒にからかわれ、女子生徒は誰もかばってくれず、仲間にも入れてくれなくて、いじめというほど酷くはなかったが、毎日本当に学校に行くのが嫌になっていた。

そこで新しく友達を作る機会はまぁ無かった。

その反動か、高校時代は本当に楽しかった。

この頃、家はまだ余裕がある時期だったので、親に頼んで私立の女子高に入学したのだ。

本当に皆がバラバラの所から集まっていたので、出来上がったグループに入っていく苦痛もなく、クラス全員が仲良くなって毎日学校に行くのが楽しくなっていた。

同じクラスに同じ沿線の仲の良い友人ができ、行き帰りはいつも一緒だった。

ところが、また親の都合で転居する事になった。

学校を移るほどの距離ではなかったが、通学沿線が変わってしまった。

ちょうど、同じクラスに同じ最寄駅の生徒が一人いた。

全体が仲良しクラスではあったが、その中でもほとんど話した事のない子だった。

あー、またか~、と思った。

どうしても、そういう方向になる運勢なのかもしれない。

とりあえず、朝、駅で顔を合わせるので、転居して最初の頃はその子と一緒に通学していた。

だが、よくよく話してみると本当に我の強いクセのある子で、自分の方がしんどくなって電車の時間を2本早くズラす事にした。

早く通学するうちに、また別の反対方向から通っている同じクラスの子数名と学校の最寄駅で会うようになって、朝その子達と通学するのが楽しくて、結局卒業するまで2本も早い電車のまま通学を続けた。

朝はそれで良かったのだが、帰りは同じ最寄駅のクセの強い子とどうしても一緒になってしまい、帰り道はガマンの日々だった。

そして、その子はこちらが避けても避けてもずっと関わってくる事になるのだ。

2年のクラス替えでその子とはクラスが別々になった。

クラスが別れてもその子から一緒に帰ろうと言われ、断り方もわからずズルズルと言われるままだった。

全校生徒の中でも私と同じ最寄駅の生徒は5名程しかおらず、同じ学年では3名だけだった。

私と、そのクセの強い子と、クセの強い子の幼馴染だった。

幼馴染は別のクラスで、私が転居先の駅から通うようになってすぐにクセの強い子から紹介された。

その幼馴染は私に向かって「これからは一緒に学校行こうね」などと言ってくれていたが、朝は私の方が脱落してしまった。

ある日の放課後、どうしても気分的にクセの強い子と一緒に帰りたくなかったので、「今日は急ぐから先に帰るね」と伝えてサッサと帰った。

ところが、乗り換え駅で電車を待っていた時、後ろから誰かに背中をつつかれ、振り向いてビックリした。

そのクセの強い子が立っていたのだ。

「びっくりしたぁー、えー、なんでいるの??」

と尋ねると、今日は珍しくホームルームが早く終わったと言っていた。

クセの強い子のクラスは終わりのホームルームが長くて、いつも私は待たされていたのだ。

幼馴染も別の用でいないから、急げば間に合うと思って追いかけて来たと言う。

そして、なんで先に帰ったの?と追及が始まるのだ。

これさえなければなぁ、と毎度思っていた。

「なんで今日急いで帰ったの?何か用事があるの?ねぇ、なんで?」

本当は特に用などなかった私は適当に言い訳を繕って

「あー、えーっと、FM放送で録音したい放送があるから、早く帰っておきたくて・・・」

などと答える。

すると

「何時から?なんていう番組?誰が出るの?」

と次から次へと質問責めにしてくる。

私はしどろもどろになりつつ、

「いや、えーっと、番組名はわかんないんだけど、時間は5時からだったかな、ちょっと覚えてない。◯◯の新曲がかかるかもしれないなぁと思って~・・・」

と、また誤魔化しつつ答えると

「5時からだったら一緒に帰っても間に合うじゃん。なんで先に帰るの?ねぇ、なんで?アタシと一緒に帰りたくないから?」

とさらに追及してくる。

そうだよ、一緒に帰りたくないからだよと思いながらも

「いや、そういうワケじゃなくて~、録音テープがあったかどうかも見てみないとわからないし、無かったら買いに行かないといけないから・・・」

とおそるおそる答える。

やっと納得したのか、何か不審に思っているのか

「ふぅ~~ん。まぁ、いいや。私、駅前の本屋さんに寄って帰りたいから付き合ってね」

と、平気でほざいてくる。

「いや、私、FM放送があるから寄ってる時間ないんだけど」

と言うと、

「えー、なんで?いいじゃん、ちょっと本屋に寄るだけなんだから、間に合うでしょ?私が行きたいんだから行くよね?」

などと、ワケのわからん女王っぷりを発揮する。

ほんと、カンベンしてくれー、と思いながら

「ひょっとしたら4時からだったかも。時間はっきり覚えてないんだよね。早く始まるかもしれないから、今日は寄らずに帰るよ」

と、なんとか逃げ帰った。

せっかく一人でのんびり帰路に着こうかと思っていたのにすっかりパー。

幼馴染の子がいれば少しは緩和されるのだが、このクセの強い子はいつもこの調子で自我を主張しまくっていた。

学生生活での暗黒面は、彼女によるところが大きかったのだ。

ドラセナが枯れた

職場の会議室に置いてあるドラセナがどんどん枯れている。

寒さのせいなのか、水のやりすぎか。

観葉植物の中でも最も丈夫で育てやすいと言われている、ドラセナ・マッサンゲアナ(幸福の木)である。

丈夫だからと油断して水やりに気を使っていなかったのもあるが、一番の原因は温度だろうと思う。

会議室に置いてあるのだが、会議がない日はほとんど誰も立ち入らず人の気配がない。

もともと陽当たりの悪い方角にある。

ブラインドを開けても直接日は当たらず、部屋を使用しなければ一日中ヒンヤリしている。

にもかかわらず、最強寒波で一番寒かった日に水やりをしてしまったのだ。

一つの鉢に、小さい木と大きい木を組み合わせて5本程植えられているが、小さい木は見事に全滅。

葉がまっ茶色になって、新しく出ていた新芽も成長する事なく茶色にカラカラになっていた。

大きな木は、まだ緑の部分が大半なので、とりあえず枯れた葉を取り除いた。
すっかり枯れた小さい木をどうしたものか、考えている。

それだけ抜くと、支えというか詰め物というか、そういう役割のものが無くなって、他の木がグラグラすると思うのだ。
それでなくても発砲スチロールの詰め物で支えてある。

どうやって植え替えたらいいんだろーか?

もうすぐ暖かくなるので、もう今さら置き場所を変えずとも良いかもしれないが、一応ロボットに聞いてみた。

 

「どこか他に置き場所無いですか?」

返事は

「ああ、じゃあ倉庫くらいかな」

だった。

余計に枯れるわーーー!

そして続けて

「どうせ枯れて酷くなったら倉庫に移すしね。倉庫にしばらく置いてから捨てればいいし」

と、平気で言う。

思わず

「本当に酷い言い草ですね」

と、真顔で返してしまった。

本人は「わははははは」と冗談と受け取ったのか笑っていたが、私は益々軽蔑してしまった。

観葉植物に一体何の罪があるんだ。

その感情は仕事の上で発揮してくれよと思ってしまった。

酷くなったら倉庫行き。

そういう人、目の前にいるじゃないか。

緑の鳥

以前、緑色の野鳥を見て、「アオジ」と「ノジコ」の事を書いた。
実はこの時期、もう一種よく見かける緑色の野鳥がいる。

カワラヒワ」である。

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毎年、3月になると群れでやってきて元気よく鳴いているのだが、昨日はやたらと暖かかったからか、もう鳴いていた。

最初にこの鳥を知ったのは、鳴き声からだった。
朝の通勤途中の道で、ホイッスルとエレキギターを組み合わせたような(??)珍しい鳴き方の鳥が鳴いているなぁとある時ふと気づいた。
その後、毎朝同じ鳥の声が聞こえるのだが、姿はまったく見えなかった。

ある朝、その鳥の声が聞こえる辺りの公園の芝生に小さい鳥が群れでチョコチョコ歩いていた。
スズメだろうと思って何気なく通り過ぎたとき、一斉に群れが飛んだ。
その時、光の加減でクッキリと緑色の鳥だという事がわかった。

スズメじゃなかったのかと、家に帰ってから早速調べてみた。
その時に、いつもの鳴き声と緑色の鳥が結びついたのだ。

その緑の鳥は『カワラヒワ』で、"鳴き方は「キリキリビーン」や「コロコロビーン」など"、と書かれていた。

緑とは言っても、鮮やかなグリーンではなく茶色がかったグリーン系で、羽の一部の黄色の方が目立つかもしれない。
全体的には緑茶色というかうぐいす色というか。
うぐいす色といえばうぐいすではなくメジロを思い出すが、そこまで鮮やかなグリーンではない。
うぐいすがなぜかうぐいす色ではないという不思議。

そして、キリキリビーンという鳴き声は、私には「ピリリリ ピリリリ ギュイーン」と聞こえるのだ。
一度、「ギュイーンと鳴く鳥」で検索してみたが、さっぱりだったw
一般的にはギュイーンとは聞こえないのだろう。

あのホイッスルとエレキギターのような鳴き声の鳥と、緑茶色の鳥は同一の鳥だった。
この鳥もアオジと同じでわりとよくいる鳥らしいのだが、初めて見て正体が判明したときはちょっと感動した。

今日は昨日とはうって変わって急激に気温が下がったのだが、朝の通勤途中のいつもの場所で「ピリリリ ピリリリ」という鳴き声は聞こえていた。
3月に入って寒さが少しマシになったら「ギュイーン」と元気よく鳴きだすはずだ。

ブルーとレッドのチーム編成が…?

前回のエントリーで紹介したチャロチャロさんのブログのコメント欄の常連さんがおもしろい記事を紹介しておられたので、それをこちらでもご紹介。


《全文掲載》
南北二勢力が対峙した時は、必ずと言って良い程、北が勝利する
社会
2014/09/1221:59 1 -
 
理科系の私。
歴史には疎いんですが。

歴史を鑑みると、南北対立は必ずといって良い程、北が勝っているのだそう。
今後の世界情勢を占う上でも、重要な法則の1つかも知れませんね。

ttp://teikoku-denmo.jp/history/honbun/korean_war.html

古今東西の歴史を鑑(かんが)みる時、とある一つの法則が働いている事実に直面します。それは南北二勢力が対峙した時、必ずと言って良い程、北が勝利していると言う事実です。日本・支那南北朝然(しか)り。米国の南北戦争然り。ベトナム戦争然り。総じて見れば、世界を覆う南北問題然り。又、中世支那を舞台に、北方の遊牧民族、契丹(キタイ,遼)・女真(ジュルチン,金)が、南方の宋に対して常に優位に立ち、蒙古(モンゴル)に至って遂に宋を滅ぼし、元朝を打ち立てた史実。肥沃(ひよく)な江南地域(長江以南)を押さえ経済的に優位にあった宋を、それらでは劣勢であったものの軍事的に優位にあった北方の異民族が圧倒し、自らを「兄」、宋を「弟」として屈服させた事実。経済面で優位に立ち、日本と同様に「平和呆(ぼ)け」の韓国を、貧しくも独裁・軍事最優先の北鮮が倒さない、と一体誰が言い切れるでしょうか?
《掲載終わり》

う~ん。
なるほどなぁ~~。
そういえば、みな北の勝利で戦争終わってるよなぁ。

Kの法則並みに高確率の法則なのかもしれない。

そして、ブログ主さんの返信がこちら。

《以下抜粋》
さて、「常に北が勝つ」の件。
記事を拝見しました。
読んでみて納得しました。
確かに「ここ一番で勝負をかける」気迫を持つ側は、
追いつめられているからこそ、
勝負時を見定めて動けるのであり、
下手に優位に立つ側は油断をして足をすくわれることがあります。

ちなみに朝鮮の情勢から言えば、
北朝鮮が中国から縁を切られた場合、
「核ミサイル捨てるから!
拉致被害者帰すから!」と言って
日米ブルーチームに寝返る可能性があります。

そして韓国側は、逆に中国に近寄って
済州島で立てこもる可能性があります。

こうなると

「ブルーチーム」
領土:日・米・朝鮮半島
勢力:日・米・北朝鮮

「レッドチーム」
領土:中国・済州島
勢力:中国・韓国

という、ちょっとした
「国家勢力トレード」が
2チーム間で成立することになります。

果たして誰が敵で誰が味方なのか?
しっかり見定めていきましょう。
そういう意味で、トランプさんとの信頼を築こうとした
安倍さんの外交戦略は
良い点をついていたのではないかと思います。
2017/02/19 20:14:56
《抜粋終わり》

ええええーーーー?!
まさかの北チョン小早川でブルーチーム?
なんか悪寒が・・・
この場合、Kの法則はどう働くの?
Kは韓国のKで、北朝鮮のKじゃないよね?
とか色んな考えがグルグルしてしまった私。

とはいうものの、全く無い話でもなく・・・
トランプ大統領も「北と対話しても良い」的な事言ってるしねー。

南朝鮮済州島に立てこもるってかー。
これは、常連さんが紹介されていたもう一つの記事から。



日米北朝鮮が組んで、韓国潰して北朝鮮主導で半島統一するシナリオが進行中!?
2014/12/1121:09 1 -

《以下抜粋》
・日米北朝鮮が組んで、韓国潰して北朝鮮主導で半島統一するシナリオが進行中
・パククネはこれに激怒し、対抗するため中国と組んで、済州島中韓の前線海洋基地にする計画
・そこには当然核を持ちこむ。その秘密作戦の重要な役割をセウォル号は果たしていた
・つまり、核ミサイル(もしくは核開発のための原料)を運んでいたが、それを
米国の潜水艦にぶつけられて沈没させられた。「パククネ、いい加減にしろよ」の警告として


韓国は済州島に、海軍基地を作ろうとしているんですね。
併せて海軍の軍事力強化に努めています。

国境を接して対立する北朝鮮軍と戦うにしては、明らかに不可解な行動です。
それならば、陸軍が中心になるはずですね。

場所も不可解ですね。
本土ではないからです。

これは近い将来、済州島に逃げ籠る。
そういう事態を想定したものですね。
《抜粋終わり》

済州島に海軍基地、作ったねー。
米国主導で作ったとか言われてたけど、北が攻めてきた時の逃げ場として作ったと言われれば、あー、そうかと思ってしまうな。

《以下抜粋》
下記の記事も、ずいぶん古い記事ですが、同じくツボを押さえていますね。

ただし、済州島は中国の支配下になる。
日本と台湾のような関係ですね。

私はそう思っていますが。


韓国崩壊後の話 2008年10月07日

【私のコメント】
韓国の通貨ウォンが急速に下落している。これは、高品質高価格の日本製品と低品質低価格の中国製品の間に挟まれ、韓国の製造業がビジネスモデルとして失敗しつつあることを反映しており、それ故に容易には止まらない。

韓国政府は破綻を防ぐために欧米諸国や日中両国の支援を得ようと必死になっている。その中で最もあてにされているのは日本だろう。しかし、恐らく日本は靖国神社参拝問題や竹島問題を先鋭化させることで日韓関係を悪化させ、韓国支援を行わないと想像する。欧米諸国(IMFを含む)は自分のことだけで必死であり、日本が支援しない韓国を支援することはないだろう。韓国はいずれ外貨準備が枯渇して債務不履行に転落する。これは韓国の経済的滅亡を意味するのだ。

ブログ「地政学を英国で学ぶ」では、9月30日から10月7日にかけて、北朝鮮崩壊を前提とした韓国による半島統一が議論されている。しかし、実際に崩壊しようとしているのは北朝鮮ではなく韓国の方であり、我々はその崩壊後について真剣に考える必要があると思われる。その際重要なのは、日本にとって最も有益な「韓国が済州島のみを領土とした日本の衛星国になり、半島は北朝鮮に統一される」という状態を最終的に作り出し、安定した21世紀の東アジア情勢を導くことである。

具体的に、韓国からの支援要請に対して日本はどのように対処すべきなのだろうか?私の考えは以下の通りである。

1.竹島周辺海域に海上自衛隊を派遣し軍事演習を行って韓国の反日世論を刺激する。

2.日本の対韓支援の条件として、竹島の日本への無条件の返還と、日本だけでなく中国からも十分な支援を韓国が得ることの二つの条件を要求する。

中国は対韓支援要請に対して、

1.在韓米軍の撤退と米韓軍事同盟の破棄

2.韓国の非武装化

3.韓国への人民解放軍の駐留

といった条件を段階的につけて支援を小出しにしてくると思われる。

日本としては、3.の人民解放軍駐留は拙いので、1.の在韓米軍の撤退と米韓軍事同盟の破棄に加えて2.の韓国の非武装化が実現した段階で中国の対韓支援が十分であるとして竹島返還を条件に対韓支援を中国と共同で実行するのがよいだろう。これは、韓国から平和的に撤退できる米軍にも歓迎されると思われる。その後は、北朝鮮に突然の南進を実行させ、半島を統一させてしまえば終わりである。韓国の支配階層は済州島に脱出し、日本の衛星国として先進国水準の生活を享受できることになる。北朝鮮による半島統一には中国も文句を言わないし、日本も旧帝国陸軍の人脈を通じて北朝鮮を操ることができる。

韓国は竹島返還や非武装化を国民に納得させるために、一度債務不履行に転落する道を選ぶと思われる。それによって韓国の貿易は決済ができなくなり、韓国国民は飢えに苦しむことになるだろう。そのようなショック療法を行っても、韓国国民が竹島返還に賛成するかどうかは微妙である。ただ、貿易が停止すれば韓国海軍は石油の枯渇で活動不可能になると想像され、海上自衛隊は容易に竹島を実力で奪還できることだろう。

韓国の非武装化については韓国政府は容易には賛成しないかもしれない。日本は中国と協力して、朝鮮半島の非武装化を推進し、その第一段階として韓国が率先して軍備を放棄するよう誘導する必要がある。ただ、韓国も裏では有事の際の為に武器を隠匿する可能性もある。北朝鮮軍が南進して半島を無事統一できるかどうかが最大の問題だろう。
《抜粋終わり》

いや~…
皆さん、すごいっすね(・・;)
もう10年くらい前からこんな想定していたのかと・・・
10年前の私なんて、タダの花畑ババァだったよw

当時から、北の崩壊による半島統一の話はよく出ていたが、南朝鮮崩壊の統一話ってほとんど出ていなかったんじゃないだろうか?
そう考えると、このブログ主氏の先見の明たるや、凄いもんがあるなぁと。

単なる陰謀論と言ってしまえばそれまでだが、着実にこの通りに話は進んで行ってるように思うのは気のせいなのか?

 

正男氏暗殺で確実に振り子が振れたような気がするんだなぁ。

影武者疑惑も出ていたり

いつも訪問しているチャロチャロさんの記事をご紹介。

《以下抜粋》

・赤も青も痛手
ブルーチーム(米日)、レッドチーム(中北韓)双方にとって
これはある意味で痛い展開となりそうです。

まずブルーチームですが、
朝鮮半島争奪バトル」勝利後、
朝鮮半島朝鮮人の国をいくつ維持して
統治するかが考えどころでした。
しかし、ここで金正男さんが消えた以上、
北朝鮮の領土を「統治者だけ入れ替えて維持」が
できなくなりました。

よって、朝鮮半島を統治する国の数は、ゼロかイチか。
少なくとも未来予想図の選択肢は「2」ではなくなりました。
イチなら朝鮮統一戦争ですし、
ゼロなら戦争終了後に植民地群雄割拠です。

 

で、レッドチームとしても実は痛い。
なぜなら、レッドチームの足並みが乱れたからです。
現在の北朝鮮金正恩は、米日首脳の
「ミサイルとか打つのやめなさいね」という声に対して
即座にケンカを売るようにミサイルを打ちました。
血気盛んとも言えますが、裏返せば明らかに「破れかぶれ」状態です。

ネットの声を聴くと、中国は北朝鮮現体制滅亡後には、
北朝鮮のトップを金正男氏に入れ替えて、
朝鮮半島北部を引き続き社会主義陣営の陣地として
維持する考えを持っていたようです。
金正男氏、それなりに中国寄りの考えを持っていたようですね。
学生時代に海外留学をしていて国際情勢にも通じていたそうです。
この辺り、国内大学のみで済ませた金正恩には
見えていなかったのでしょうか。

で、首のすげ替えを嫌がった金正恩
金正男氏を消した、と言う事のようですね。
つまり、中国主導のレッドチームの作戦に
北朝鮮がNOを示した。足並みの乱れが起きているんです。

《抜粋終わり》

 

今後も現状が維持される線はどうも少ないようで…

半島がまず統一されてくれない事には、在コ整理が進まないと思うのだ。

日本でウジャウジャ繁殖している在コがすっかり片付いてから分轄でもなんでもして頂戴と思ってしまうなぁ。

 

在コが居なくなった後の日本か〜。

新聞もテレビもまともになって、清々しい国になったら良いな。

 

で、正男氏本人が本を出さないでくれと懇願したにもかかわらず、無理矢理出したゴミとかいう記者。

マジかこの名前ww

こういうのがマスコミから消える日本に早くなって欲しいもんだ。